Party Live ::Act 11-15

第11話「追っ手」

by古津

「おい」

いきなりの高圧的なお声。

この砂漠の中ローブを着込んだ男がいた。

「ここの責任者は誰だ」

その視線はまるで虫けらを見ているような冷たい瞳。

「私がここの責任…者で…あ…ありま…す」

指揮官だった男は足が震えていた。

かなりの恐怖に苛まれているらしい。

ヴァイスとリリアはまずこの男の事を認識していず、ザックは特に恐れている感じはなかった。

その他、傭兵の中には指揮官同様、足がガクガク言っている人間がいたが。

「お前、この人物がこの街にいるとの情報が入っている。直ちに捕縛の準備をしろ」

「はっ、はい!」

言うや否や指揮官だった男は幕舎に駆け込んだ。

そして、次にその瞳に射すくめられたのはリーネだった。

「…お前、魔術師か?」

「だったら何よ?」

何事かと喧嘩腰で答えるリーネ。

そして男は冷笑を浮かべた。

「おかしな魔術を使うんだな。どうやら独学の出来損ないのようだな」

「な、なんですって!」

すでにリーネの魔法が広範囲に渡っているのを知らないのか、男は無闇に挑発する。

「…だったら…その出来損ないの…魔術を食らいなさい!!」

リーネの腰の小袋から光が走る。

そして…。

「これで…も…あれ…?」

リーネが起こしたはずの爆発でヴァイスやザック諸共、無礼な男は吹っ飛んでいるはずだった。

しかし、男はそこでピンピンしている。

「どうした?何も起きないじゃないか?」

男の冷笑は輪にかけて悪くなる。

「確かに詠唱したはずなのに…どうして…?」

リーネが信じられない物を見るような顔で呟く。

ヴァイス達はすでに会話に取り残されている。

リーネが呆然としてしばらく時間が経った。

男は依然としてヴァイス達の近くにいた。

その集団にこの街の駐留兵達が寄ってきた。

「魔道部隊のお方はどちらか?」

「私だ」

男が答える。

「ちっ、お前か…あきらめねぇといかんか…。はぁ…」

男を見て、兵士達の間からため息が聞こえた。

「アドナルド様、すぐに帝都にお帰り願います」

男が天空に手をかざした。

それと同時に眩しい訳ではないが目立つ光が発生した。

「さ、これでこの街で転々とアドナルド様を探している部隊もここに集まります」

「ちっ、用意のいいことで…」

アドナルドはボサボサの髪の毛を弄り、ヴァイス達を見た。

「ほー、ザック少年じゃないの」

ザックが自分が呼ばれた事に驚いた顔でアドナルドを見る。

その拍子にヴァイスとリリアが誰?って顔でアドナルドを見た。

「誰?」

2人同時にザックに言葉をかける。

その言葉にはザックではなく男が答えた。

「ふん。これだから下種どもは…こちらは帝国軍魔道部隊総帥アドナルド・ラシミアドル様だ」

男はまるで自分が偉いかのように胸を張っている。

「へぇー」

再び2人から同時に声が出る。

「お偉いさんなのね」

リリアがさらに続けた。

ヴァイスは「だなー」とか言ってカタールを取り外していた。

紹介された本人にザックが問いかけた。

「俺のことをご存知で?」

「知らなきゃ名前なんて出ないよ」

ザックの方を向かずに辺りをキョロキョロして答える。

「どこかでお会いした事でも?」

「…帝国大学の武術大会だったかで見かけただけ」

淡々とそして、話す相手を見ずに答える。

何か気になっている事でもあるのか、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロしっぱなしだ。

「ところで…、さっきの魔術師は誰?」

問いかける時でも誰かを見ずにやはり探している。

魔術師で思い当たるのはリーネだけだった。

アドナルドを紹介した男が指を挿す。

「多分、お探しになっている魔術師はあの娘かと…」

リーネをアドナルドに挿す時でさえ、男の目は冷たかった。

「…………」

リーネは未だに呆然としていた。

何故、自分の魔法が発動しなかったのか。

詠唱は完璧だった。

幾ら、サンドウォーム戦で宝石をすり減らしたとはいえ『夢星屑』を撃つだけの宝石はあった。

なのに何故…。

その答えは意外な所から帰ってくる。

さっきからリーネ達が話している髭親父。

アドナルドとか言ってたっけ…。

そんな事を考えているとアドナルドがいつの間にか自分の目の前に立っていたのだ。

「嬢ちゃん。名前は?」

「リーネよ、文句ある?」

さっきまでの動揺をおくびにも出さず啖呵を切る。

「いや、文句はない。けど注意はある」

アドナルドは指を一本だけ横に振りながら言う。

「幾ら怒っても周囲の人間を巻き込む魔術はいけねぇ。だから壊させてもらった」

「えっ…」

ありえない…。

そんな事ありえない…。

リーネの頭を『ありえない』の言葉が去来する。

そう、魔術破壊なんて魔術の歴史の中で限られた大魔道師のみが使える技。

こんな、髭親父が使えるはずがない。

大体にしてこのリーネ様が使えない物を少し長生きしてるからってこの髭に使えるわけがない。

そうに決まってる。

勝手に自己解決に向かうリーネを放っておいて、アドナルドが続ける。

「もし…リーネ、お前が偉大なる魔道師になりたかったら…」

そこまで言いかけたアドナルドの言葉を男が遮る。

「アドナルド様。そんな下種にアドナルド様の魔術を継げるはずがございません。お戯れはその辺にし

て帝都にお戻り頂きたい」

「なんですって!」

リーネが男の言葉に思わず怒声をあげる。

見れば、すでにその男の後ろにはいつの間に揃ったのか、同じようなローブを着込んだ者がずらりと整

列していた。

「しかたねぇなぁ…。この話は今度にでもするかぁ…。それじゃあな、リーネ」

今にも噛み付きそうなリーネに手を振って、アドナルドが男を連れ、さらにはその後ろの集団を連れて

歩き出した。

アドナルド達がいなくなってからリーネが呟いた。

「何が偉大なる魔道師よ。あんな髭が魔道師なわけないじゃない。それにあの男…今度あったら必ず

ギャフンと言わせてやるんだから!!」

最後の方は怒りが再びこみ上げたのかかなりの怒声になっていた。

その横でリリアが「あっ!」と声を上げた。

「あのアドナルドって人、確か『偉大なる魔術師の王』って言われてる魔道師だって何かの本で読んだ気がする」

「えっ…」

リリアの言葉にリーネが唖然としたのは言うまでもない。

そうこうしている内にすでに日は西に沈んでいた。

第12話「鎮魂歌」

2004/10/20(水) トラねこ

砂漠の町、ダカールでは盛大な宴が行われた。今を生きている喜びと、失った人の弔い のために…

兵士とは…守るために戦う武装集団である。様々な想いを胸に命懸けで戦う。だから今 を大切にし、生きる。戦死した友に捧げるのは失った悲しみではなく、自分が生きている 喜びを…。それがこの町の…この盛大な笑い声が死者に捧げる鎮魂歌…

あれから誤解が解け、この宴に参加している。派手な笑い声と、へべれけに酔った兵士 に圧倒されたものの、時間と嗜み程度に飲んだお酒ですっかり慣れてしまった。とはいえ 食事も取ったし、寝室に行くのもどうかと思う。要するに退屈なのだ…。一行はどうなの かとリリアは辺りを見回した。

ザックは兵士の話題の中心となり、酒を酌み交わしつつ談笑し、ヴァイスは酔ったのか いつのまにか寝息を立てていた。どうにも仲間で暇を潰す事は難しそうだ…。

「あれ?」

気付けばリーネの姿が見当たらない…。さっきまではヴァイスを罵りながら食事を取っ ていた筈だ。どうせ退屈なのだから…と、リリアは席を外した。

町の様子を眺めてみる。様々な笑い声…。家族に自分の活躍を身振り手振りで披露する 兵士。それを尊敬の目で見る子。生の喜びを代表して広場で歌うシスター。浴びる程の 酒を飲む男達…。一見すると楽しそうだ。でもよく見ると目を赤くして笑っている人や、 泥酔するまで飲んでいる人が目立つ…。この町は『死者に笑い声を』という変った風習が あるのを知っていたが…これは予想以上に辛い事なのではないだろうか?でも、悲しんで もらうよりも笑ってくれた方が死者にとって幸せなのかも知れない…。そう考えればこの 町の風習はとても素敵だと思った。

…広場を中心に回ってみたが、目的の人物には会えなかった。…もう寝たのだろうか? と思い、取っていた宿屋へ向かおうとしたが、まだ行ってない所をふと思い出した。その 場所へ行ってみる…。

「あ…いた〜」

そこは墓場だった。…今回の戦いで犠牲になった兵士達の墓標が並んだ…。そして近づ くと、リーネは男と話していた。声をかけようと思ったが、どことなく険悪な雰囲気に思 わず立ち止まる。

「別に俺達はあんたを悪いとは思っていない…。だがな…」

「あんたがこの場に来るのは、納得がいかないっ!」

男が語尻を荒げる。

「………」

リーネは黙ったままだ。

「確かにあんたの魔法はあの化物に効果があった…判断も適切だった」

「実際、前線にいた仲間も魔法がなけりゃ〜死ぬのも時間の問題だったよ」

「それに、合図も送ったのに関わらず逃げ遅れた…奴等の方が悪いさ…」

「だが、それを許せるのは兵士としてだけだっ!」

「…仲間を焼き殺したおまえを私は許してはいない」

おそらく、サンドウォームの一戦の事を言っているのだろう。『爆炎』に巻き込まれた 兵士がいた筈だ。恐らく、親しい仲間が犠牲になったのであろう…。酒も手伝ってか、男 は15歳の少女に感情剥き出しの言葉を放っていた。やるせない怒りがこっちまで伝わって くる…。重く…そして、痛々しい言葉だ。

「――言いたい事はそれだけ?」

リーネが言葉を放った。

「――なっ…!!」

男は驚きと怒りが入り混じった声をあげる。

「私は自分がした事を間違っているとは思ってないわ」

「…あなたが言った通り、逃げ遅れた人が悪いのよ」

その言葉に、男がワナワナと震える。

――まずい、このままだと問答無用で殴り合いになる。

そう思い、すかさず二人の間に入って互いをなだめる。しばらく経って男は冷静さを取 り戻し、『――すまない』とだけ残しその場を後にした。そして、リーネは墓標の前に行 き、目を閉じて祈った…。私もそれに続き、亡くなった兵士達の冥福を祈る。

ふと上を見る…夜空の星が綺麗に輝いていた。――死んだら人は星になる…といった話 がある。もちろんそんなものは信じてはいないのだが、もしそうなら…輝いているのなら 残された人達も安心していられるのに。少しして、横からポツリとリーネが口を開いた。

「私は間違った事をしたとは思ってない――思ってないけど…」

「…殺してしまった人達に対して、無感情でいれるワケ…ないじゃない」

――死者16名。私が提案した作戦は予想外の出来事も起こったけれど、被害は最小限に 抑えられたと思う。当初は『増援が来るまでの町の防衛』…これは兵士が分散してしまい 容易に町への侵入を許す…。恐らく多くの死者を出した筈だ。…しかし、死者を出してし まった事に変りはない。そしてこれは初めての実戦…。戦闘で麻痺していた思いが…今、 自分の身を焼いているのだろう。…私も例外じゃない。

「…戻ろっかっ」

出来るだけ明るくリーネに言う。この町の人々のように溢れ出す感情を抑え、笑顔で… リーネもそれがわかったのか、いつも通りを装って歩き出す――

…戻ってきたら殆どの兵士が酔いつぶれていた。寝息を立てているヴァイスをリーネが 蹴飛ばし、いつもの他愛無い言い争いが響く。ザックは据わった目でこちらを見ていた… どうやらお酒に強いらしい…。 取り合えず取っていた宿で疲れを癒し、仕度を整え、砂漠の町…ダカールを跡にした。

――――。

「んー…。そういえば今回の報酬はどうなったんだ?」

頭を抑えながら、ヴァイスは言う。

「あー…すっかり忘れてたな…」

と、ザック。

「あぁ…あんた達の分も私が貰って置いたわ。――最も全て宝石に割り当てたけど」

「「……なにーーーーっ!!」」

「あははー…。でも必需品と食料は私が買って置いたから〜」

私は苦笑交じりに言う。

「…なによ、その顔は…何か文句あるの?」

相変わらずのリーネ。

「んふふ〜♪サンドウォームから色々貴重な物を抽出できたから文句ないよ〜♪」

「……………」

「……………」

「まぁ、文句あるんだったら今後一切、魔術であんた等をサポートしないけどね」

その言葉に二人は渋々『ありません…』と答え、砂漠を歩く。

次の目的地を目指して――

第13話「迷いの森?」

2004/10/25(月) 男爵

――――空は、紅く染まり始め。周囲の森は、夕日の色を受けオレンジ色に輝き。眼前 に迫る地面は、とても痛そうだった。

現状を把握しよう。

・・・・・飛んでいた。そして今――――――着地・・・・・・・・首から。

痛みを感じる暇も無く、ヴァイスの意識は闇に落ちた。――――

リリアの拳がヴァイスの左頬にありえない程深々と突き刺さっていた。

ヴァイスは、顔を歪ませたまま地上十数メートルまで舞い上がり、そして今・・・・・

―――ぐしゃっ

破滅的な音を響かせながら地面に激突した。

この光景を呆然と見詰めながらリーネは、今までの経緯を思い返していた――――。

―――約半日前―――

リーネ達は、ダカールから出るところだった。

「で、何処に行こう・・・・。」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

リリアの問いに答える者は居なかった。つまり誰も何も考えていなかった。

急遽次の目的地を決める会議が開かれた。

「さて、意見を聞きましょう。」

リリアは、何処から出したのかホワイトボードをマジックで叩きながら意見を求めた。

ホワイトボードには大きく『ヴァイスの有功利用方法』と書かれていて、それを二本線 で消し、その下に『目的地検討会議』と書き直した。

「私は、大きな街に行きたいわ。」

最初に提示したリーネの案は・・・・

「さんせ〜い♪」

「特に異議は無い。」

「右に同じ。」

あっさり可決。会議終了。所要時間30秒であった。

「一番近くて大きな街は・・・・・・・・リーンブルグか。今日中には着くな。」

「戦闘で予想以上に爆薬使っちゃったから、火薬を補充するのには丁度良いわ。」

「良かった。砂漠を歩いてボロボロになっちゃったローブを替えたかったのよ。でも此 処の服って何処のも趣味が悪くって・・・・・。」

「オレもミミズ退治でかなり剣を傷めたからな、買い換えたかった。」

「オレは、もっとまともな武器が―――。」

「却下。」

「無駄ね。」

「アレが、あんたのベスト・ウェポンよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。(涙声)」

恙無く目的が決まり、地図で場所を確認し、一行は歩き出した。

地図――だけじゃなく、ほとんどの荷物――を持ったヴァイスを先頭に歩き続け、数時 間後にはダンの砂漠を抜け、大きな街道に出た。

そこまでは良かった。

その後、街道沿いを歩いていた筈なのに、いつの間にか森に入り――この時点で止まる べきだったが――、どんどん奥に入っていった。

森の木々に印を付けながら一時間程歩いた頃だろうか、ヴァイスが急に立ち止まり、振 り返りながらこう言い放った。

『迷った。』

その瞬間、私とザックは思考が麻痺し、リリアは神速でヴァイスの懐に踏み込んだ。

――――そこでリーネは回想を終え、現状に目を向けた。

「あぁああぁぁぁああぁぁぁぁぁ、もぉぉおぉぉおおおぉぉぉぉ。何だってのよ、何で 目的地に着けないのよ。前回もそうだったじゃない、何で隣街に向かったのにダカール に着くのよ。次は何処?ガーランド?ミリズェラ?サイシード王国?何で地図持ってる のに迷うのよ。何で街道を歩けないのよ。何で無駄な労力増やすのよぉぉぉぉぉぉ・・ ・・・・・・・。」

と、リリアは、ヴァイスに早口で文句をまくし立てている。

ザックは、まだ思考が停止しているようだ。

ヴァイスは――――

「まあ、落ち着けよ。」

――――生き返るなりこう言い放ちやがった。

「慌てたって仕様が無いだろ。もうすぐ日が暮れる。今日は此処でキャンプして、明日 朝から出口を探そう。」

この事態を起こした張本人の癖に正論を言ってくれる。

正論なんだけど・・・・・納得できない。

「・・・・・・ふぅ。そうね、確かに仕方が無いわ。今日はここでキャンプをしましょ う。だけど、今夜は責任とってあんたが見張りをしなさい。良いわね、ヴァイス。」

「・・・・・御意。」

どうやら、リリアも納得していなかったようだ。――――

――夜――それは、魔物の時間。人は眠りに着き、魔物は行動を起こす。

そして、森は魔物のテリトリー。

そんな夜の森でヴァイスは、魔力の光の下で愛用のショートソードの手入れをしていた。

仕込み小手も有るが、重いので非常時以外では使う気が起きない。

「・・・・ふぅ。」

ヴァイスは、夜空に浮かぶ月を見ながらため息をついた。

別に徹夜が辛い訳でも、迷った責任を感じていないわけではない。が・・・・

見張りは嫌いだった。何故なら・・・・・・・・暇だからだ。

だから滅多にしない武器の手入れなんかやっている。

退屈は嫌いだ。辛い過去を思い出しそうになる。

「んっ。」

――ブンブン

頭を振り後ろ向きな考えを振り払い、剣の手入れを再開した。 月に雲が架かり僅かな月明かりが消え、森の奥は闇に落ちた・・・・・・。

――ズッ・・・ズズッズッ・・・ズ・・・・

――夜――それは、魔物の時間。人は眠りに着き、魔物は行動を起こす。

そして、森は魔物のテリトリー。

そんな夜の森のヴァイス達から五十メートルも離れていない場所で何かの黒い影が蠢い ていた。

第14話「清算」

10/26 無重力

右肩から二の腕にかけての流れを形成してやると、そのまま一気に掌に向けてそれを流 し込む。どろどろとした靄の様な感覚と共に、命を抜き取るような感覚が身体全体を駆け 巡る。あまりの悪寒の強さにがくがくと膝が震えるのを抑え切れなかった。指の先まで集 中を詰めた反動で、僅かに溢れ出た力が煌々と光の粒として霧散した。

息苦しさと慣れない感覚の連続に、気分が悪くなる。吐き溜まった呪詛の断片が周囲を 覆っていた。ぼそぼそと自分でも聞こえないほどの小さな声で詞を紡いでいくと、練り上 げ、積み固めてそれを完成へと導いていく。

ひたひたと雫の滴る左腕から時折差し込む鋭い痛覚が、何度も夢から醒めるように誘っ て来る。その度に固め上げた集中を乱され、そして振り出しに戻るのだった。

「ふう。」

今回もまた失敗だった。あれほど朱紅く染まっていた視界が元の夜闇に戻っていく。首 筋をふわりと冷たい風が撫でる。火照った神経は少しずつ冷まされていき、逆に悪寒に覆 われた身体全体は暖かさを取り戻しつつあった。

傍らに放り出された古ぼけた書物が、風に煽られぱらぱらとページが捲れていく。余り に年期ものなのか、所々破れたり霞んだりしているところが見え隠れすしている。忌々し げに家の奥義を手繰り寄せると、「治癒/蘇生」 とランニングヘッドに記された章を、再 び開き直した。


即席の焚火の周りで簡単な食事を済ませると、周囲も程良い闇夜に包まれていた。パチ パチと小気味良い音を立てる火の動きを眺めている、時を忘れてそれを見つめ続けている ことに気付く。

ザックはふと辺りを見回すと、リーネの姿が見えないことに気が付いた。

「おい、お嬢は何処行った?」

一応リーダーというか、責任感が一番強いだろうと自負しているザックとしては、とり あえずパーティの安全は確認しておかなければならない。ましてやいつ何が襲ってくると も分からない、夜の森というやつだ。煌々と燃えさかる焚火だけが頼りだけれども、今時 期のモンスターが皆火を怖がるという保証はない。無論一人になるのは危険だろう。例え それが小生意気なちんちくりんだとしても。

「あー、今はそっとしておいてあげた方がいいかも。」

微妙な表情を浮かべてリリアは眉を顰めた。知るはずも無い。あんな大事なときに、馬 鹿どもは酒を喰らってぐーすかやっていたのだから。どちらにしろ、無粋な野郎どもに任 せたところで事が解決するとは思えないけれども。

いくらか事情を知っているだけに、リリアもこの状況は考えあぐねていた。

「?」

「まー、リーネっちも夢見る女の子だからねー。微妙なお年頃なんだよー。」

適当に誤魔化しておくと、未だはてなを浮かべるザックを傍目に ― すぐ戻るから、と 一言残してその場を離れた。ヴァイスはいびきでそれに答える。夜闇の静けさが一層深く なっていた。


「...爾 ..留.. ... 神........ 皇....神 伊邪...... 筑........乃............波......御....給時爾………」

暗がりを月明かりを頼りに進むと、木の葉の囀りに紛れてかすかに呪詛の唱えられる声 が聞こえてきた。小さな、しかし祈るような熱の篭った詞。リリアは音を立てないように ゆっくりと近づいていくと、岩に腰掛けたリーネの後姿が映った。

月光が斜めから差込み、その横顔を照らす。目は閉じていたが、その両眉から悲痛の表 情が伺えた。右手には光るナイフ。そして左腕には朱紅く滴る血の雫。

「って、わっ、わっ」

あわてて駆け寄るリリア。途中木の枝が何本かローブに絡まったが、構わずその横顔に 近寄った。近づくにつれてリーネがゆっくりとこちらを向いたが、その顔が一瞬泣いてい るように見えて慌てて目を擦った。もう一度瞼を開けると、いつものように憮然としたリ ーネの澄まし顔がそこにある。

「ん。」

「それ、どーしたの!?だくだく血ー出てるじゃない。」

有無を言わさず左腕を奪い取ると、ポシェットの中から二枚ほど薬草を取り出す。それ を丁寧にガーゼに包んで巻きつけると、包帯で何重かにそれを覆った。ピンで応急的にそ れを止めてやると、じわりじわりと紅い色が薄布に染み込んでいくのが見えた。それが自 分のことであるかのように、リリアは痛みを覚えていた。

「別に...。」

黙ったまま素直に手当てを受けていたリーネだったが、焦点を定めたところで急に巻き つけられた包帯に手をかける。右手のナイフはまだ握ったままだ。

「いらない。」

ピンを軽く外すと、するすると包帯を解いていく。べっとりと染み付いた血の色が、僅 かに鉄色に変色していた。

「駄〜目。」

叱るように解きかけた包帯を巻き戻すと、ついでに右手から血塗れたナイフを奪い取っ た。思いのほかあっさりと手からナイフが抜け落ちる。拍子に触れたリーネの掌の冷たさ に、リリアは一瞬寒気を覚えるほどだった。


リーネの治療を終え、落ち着きを取り戻させるまでにしばらく時間を要した後、やっと 落ち着いて話が出来るようになった。先ほどまでのどこかあやふやな感すら伺えた様子は もう何処にも無く、普段の小生意気な顔立ちに戻っていた。

「なんで腕なんて斬ってたの?」

「なんとなく。」

「なんとなく、じゃないでしょ〜?」

ふと傍らに放り出された古文書が目に留まる。古代語覚えは無かったが、幸いなことに その古そうな書物は標準語で書かれていた。まず目に留まるのは見出しの「治療魔術」と いう大きな文字。

ははぁ〜。なるほど。リリアはなんとなく話の筋が見えてきたような気がした。つまり はリーネは新しい魔法の修行中というわけらしい。しかも回復系。その実験台として腕を 切っていたのだ。リーネちゃんってばてっきりド派手な火炎系がお好みなんだと思ってい たけれど、どうやら一概にそうとも言えないみたい。

意図の程は分からないが、先日の墓場の件が何か関連していることは間違いなさそうだ った。

「はは〜ん。そゆことならリリアお姉ちゃんにおっまかせ〜♪」

どこぞから取り出した片眼鏡をおもむろにかけだして、リーネの手前に仁王立ちする。 唖然としているリーネを横顔に、さくさくと準備を進めていった。そこいらの木には、い つぞやのホワイトボードとマジックがいつのまにか掛けられている。題して『リリア先生 の治癒基礎講座』だ。

何のつもりか知らないが、ともかくリーネの思い付きを全面的にバックアップしてやる 心意気らしい。

― 私は魔法のことなんて全然知らないんだけどね。と前置きから入った。

「まずは基本から。リーネっちは治癒魔法を覚えようとしていたけど、そもそもそれが 間違いなのよ。」

聴衆を惹き付ける導入。案の定リーネはむっとした表情で視線を投げた。それを満足げ に確かめると、次の言葉を探す。

「取り出したるはこのレラの葉。さっきの怪我を治すのに使ったんだけど、これはどう いう効果があると思う?」

「さあ...。ただの薬草じゃないの?」

「そう。薬草。それもごくありふれた怪我に利く種類のね。」

そう言って、ひらひらと緑の葉っぱを月明かりの下にかざしてみた。

「でも、薬草が傷を治すわけじゃない。この意味は分かる?」

「治すのは身体のほうだ。って言いたいんでしょ。」

「ぴんぽーん。そう、薬草自体に治癒の効果は無いの。この薬草は消毒の効果があって 傷から悪いものが入るのを防ぐ。ただそれだけなのよ。」

リーネは少し話に興味を持ったのか、岩に預けていた身体を少し前屈みにしてこちらに 顔を向けた。

「で?」

「そう。癒しとっても大きく三種類あるの。一つは治療、それに治癒、そして最後が供 与。この違いは分る?」

一般的に回復魔法と呼ばれているのが治癒。つまり対象の新陳代謝を早めたり回復力を 高めることによって癒しの効果を得るタイプである。これは習得が非常に困難な上に素質 を持つ人が少なく、使えるのは極少数の人間に過ぎない。

「治癒に比べて治療は比較的簡単。要はお医者さんがやってることと同じことを実現す ればいいんだよ。」

治療とは消毒、止血、麻酔効果など回復のための基本的な援助を提供してやる手段であ り、直接対象を癒すわけではない。しかしそれだけに習得も比較的容易で、その割には実 戦時における効果性は高い。

即席で覚えるにはこっちの圧倒的に方が楽だと思う。とリリアは付け加えた。大学で薬 草学を履修していただけあり、治療に関してはかなりの知識があるつもりだった。もちろ ん治癒の効果を持つ薬品もいくらか持ってはいたが、作るのが面倒なので基本的に使わな いことにしている。

「人にはそれぞれ生まれつき得意な要素があるの。それが治癒だったり炎だったり剣だ ったり盾だったりするけど。人はそれを素質と呼ぶわ。そして素質を超えて何かを習 得するのは難しい。」

「はあ。」

「リーネっちに無理だとは言わない。でもとりあえず簡単なところからはじめるといい と思うけど。」

リーネは少し嫌そうに顔を歪めた後、何かを嘲笑うようにして鼻を鳴らした。

「別に私は治癒が使いたくなったわけじゃないんだけど...。」

「まーまー。リーネっちが治療使えるようにあったら、パーティとしてもとっても助か るんだから。」

― 薬代も浮くし。と聞こえないように付け加える。

ひととおり助言を受けると、リーネは新たに『治療』の項目を開いてその内容を読み始 める。どちらにしろ、リーネが真っ当に治療魔術が使えるようになるまでもまだしばらく は時間が掛かりそうだった。岩の陰に打ち捨てられた、ナイフで切り裂かれた鼠の死体に、 最後までリリアは気付くことは無かった。それが罪滅ぼしの意味を含んでいることも。

しんしんと闇が迫ってきていた。二人の姿を見つめる二つの瞳。まだその存在に、二人 は気付いていない。

第15話「静寂の夜は闇夜の幻」

by古津

すでに寝入っているヴァイス。

リーネを放っておけと言われたもののそこまでクールではないザック。

ザックは落ち着きなく、火の回りを行ったり来たり。

時に火に木の枝をくべたりしている。

ザザザザザッ。

静かな森。

ザックはおかしな雰囲気を感じた。

静かな森…風一つない森。

なのに葉の擦れる音。

ザックがそれに気が付いた時にはすでに遅かった。

「囲まれている…」

アインアイバット。

一つ目の蝙蝠で、洞窟ではなく森に住み、牙と翼に付いている毒針で攻撃してくる厄介なモンスター だ。

数にして4匹。

ザックは火から離れずにどうやってヴァイスを起こすかを考えていた。

火の近くにいるのは確かなのだが、ザックとは火を挟んで逆側にいるのだ。

燃えている火を投げてやろうかとも思いつつ、ザックは周囲に注意を向けていた。

リーネへの治療と治癒の違いを説明し、本に噛り付いているリーネの横に座っていたリリアがガサガサ と音を立てる茂みに気が付いた。

「えっ?」

気が付くと同時にその茂みから飛び出す影。

それは人と形容するには大き過ぎ、狼と形容するにはおかしな点がいくつもあった。

「グルルルルッ」

どうやら人語は話さないようだ。

などと目の前の影を観察しているリリア。

さすがと言ってしまえばそれまでだが、不慮の事が起きても動じない辺りがリリアらしい。

一方、リーネはと言うと…。

未だにこの事態に気が付かず、本にかじり付いている。

「リーネっち、リーネっち」

リリアの声に初めて、本から顔をあげ、現在の状況を理解した。

「どうする?」

リリアが聞かなくても分かるような事を聞いてきて、リーネは思わずふいた。

リーネは唸って攻撃をしてこない影に先制の攻撃を仕掛けようと本を置く。

そして、詠唱を開始した。

ドーンッ!!という音がしたのはザックがヴァイスを起こす案が浮かんだ時だった。

「なっ!」

音がすると同時にアインアイバット達がザック目掛けて飛んできたのである。

飛んできたアインアイバットの毒針を避け、火を飛び越えてヴァイスを踏む。

「ぐえっ!」

奇妙な声をあげ、ヴァイスが起き上がると目の前にアインアイバットの牙。

それを間一髪で避けて、立ち上がるとヴァイスは取るものとりあえず、ザックに文句を言う。

「何すんだよ!」

「そんな事言ってる暇があったら、応戦しろ!」

ヴァイスに怒鳴り返すザック。

よく見れば、剣を抜き、すでにアインアイバットが1匹地面に落ちていた。

「はいはい」

適当に頷くとヴァイスはまだ装着していない自分の武器をアインアイバットに投げつけ、応戦する。

しかし2個とも当たらず、ヴァイスはそれを取りに敵の牙を避け、毒針を避けながら取りに行く光景を ザックはため息を漏らし見ていた。

そんな時、「こんな時にザックとヴァイスは何やってんのよ!」という声が聞こえた。

リーネのバーニングランスが影を焼いた。

リリアがガッツポーズをして「よっしゃ」とか呟いていた様な気がしなくもない。

これで終わったと思い、本を読もうと手を伸ばした時、火の中から腕が伸びてきた。

「えっ?」

「リーネッち、危ない!」

ドンッ。

リリアに押し出され、危機一髪でその腕の一撃は回避したらしい。

すぐに立ち、リリアの方を見るとそこには腕から血を流しているリリアがいる。

「リリア!?」

「大丈夫、大丈夫、こんなの余裕だよー」

笑ってみせるリリア。

だが、微妙に笑顔が引きつって見えるのは傷のせいだろう。

燃える火の中から無傷の狼男(?)が激しい唸り声をあげながら近づいてくる。

リリアが傷口を抑えながら立ち上がる。

命中した所には確かに黒く焦げている。

効いていると判断したリーネは続けざまにバーニングランスを打つことに決めたが…。

狼男(?)の攻撃が連続的にリーネを狙う。

それを避けながらでは集中できず、詠唱ができない。

「こんな時にザックとヴァイスは何やってんのよ!」

と、ザックに当たりながら攻撃を避け、反撃のチャンスを狙っていた。