Party Live ::Act 0-5

序章

無重力

青み掛かった空の下に、小さな街角が流れていた。商店の立ち並ぶ界隈だというのに人 通りは少なく、時折ちらほらと行商人が商売道具を担いつつ足を速めている。早朝という にはやや時間帯が遅いのか、わずかに温まった空気が空いた窓から差し込んできた。

「静かな街ね...。」

目的の場所はそう遠くというのに、それらしき服装は全く見当たらない。それだけでも、 あまり集合時間に余裕が無いということを物語っていた。馬車は、街の中心近くのちょっ とした商店街を走り抜けていく。

「ったく...。初日から遅刻とは、少々お約束が過ぎるんじゃないか?」

手綱を気だるそうに握っていた兄がぼやいた。このまま大学に行くつもりなのか、いつ もの外出着に身を包んでいる。櫛の通されていない不揃いな髪型。横顔を伺うだけでも、 兄特有の面倒臭がっている仕草がよく読み取れた。

「いいじゃない。お蔭でこんな楽ができるんだから。」

「ちなみにこっちは、思いっきり遠回りなんだからな。」

頭をぼりぼりと掻きながら、それでも軽快にマイ・馬車を滑らせていく。小型のエンタ ープライズ・タイプ。決して高級車ではないけれども、兄が貯金を叩いて買った、自慢の 車だった。乗るのはこれで 3 回目となるだろうか。滑るように流れていく商店街の軒先 が、新しい街の匂いを微かに感じさせていた。

小さな街。少なくとも以前いた場所に比べれば遥かに静かで穏やかである。

「ねぇ、もう少し飛ばせないの?」

そんな街並みの仕草がふと心に障って、傍らの兄に催促してみた。ついでに言うとあま り時間も無い。

「アホか。これでもまだ葉っぱが取れてないんだぞ。」

不機嫌そうに顎で前方を指す。車体の前面に煌々と輝く初心運転者マーク。若葉の青々 とした色彩が、妙に浮いて見えた。

「馬鹿ね、取り立てだからこそ羽目が外せるんじゃないの。」

毒づいてみせる。兄は小さく舌打ちしたものの、車体はゆっくりと速度を上げながら朝 の街角を駆け抜けていった。約束の場所はまだ見えない。小さくて面白みの無い街だけど、 この風の色だけは悪くないわね。と、何となしに感想を漏らしてみた。

第1話「始まりの集い」

2004/08/24(月) 無重力

「しっかし、その“つよいひと”ってのはいつ来るんだよ!?」

痺れを切らしたヴァイスは苛立たしげに辺りを見回した。ソファで寝転んでいるリリア が大口を開けて欠伸をしている姿が映った。まったく、こんな時にもマイペースさを忘れ ん奴である。あとは宿屋のカウンタに控えてるマスターと、ザックの奴が目に映った。他 には誰も居ない。

こざっぱりとした宿屋のロビーは思いのほか伽藍としたままであり、どう見てもその大 きさに相応しくない人数としか言うことが出来ない。板張りの床が少々ぐらついているけ れども、この街ではそれなりのランクの宿屋だった。窓辺に添えられた花瓶の生き生きと した様からしても、それなりに管理は行き届いているらしい。

「ああ、予定では 10 時きっかりに着く事になってるらしいな。」

ザックが柱時計を一瞥して言った。長い針が 8 丁度、短い針が 11 の近く。40 分ほど の遅刻だった。場所はここ、ヴァイス達が寝泊りしている宿屋。

待ち合わせているのは、魔術師。この度ヴァイス達 3 人と行動を共にすることになって いる、腕の良いウィザードだった。リリアの知り合いで、冒険者を始めると何となしに呟 いたところ、同行を願い出たらしい。

「しっかし、腕のたつ魔法使いか。一体どんな奴なんだろう。」

性別は女。なかなかの良家の家柄らしいということはリリアから聞いている。貴族の娘 だか何だかという話だ。情報はそれだけである。あとは「すっごくつよいんだよ」という 信憑性に乏しいリリアの寸評だけが頼りだ。

男たるもの、こういう時は少なからず野暮な期待を抱いてしまうらしい。どこからどう 持って行けばそうなるのかは分からないが、野郎二人の頭の中には既にスレンダーな顔立 ちの絶世の美女が思い描かれていた。なめらかなストレートの金髪に、よく整ったプロポ ーション。露出度の高い服装だったらどうしようと、意味も無く悩んでしまう。

リリアの横顔をちらりと盗み見ると、幸いなことに我等が姫様はくーくーと寝息をたて ていた。ほっと息を撫で下ろす。そこでザックと視線がぶつかった。

「あんだよ。」

「まったく、貴殿は何を期待しているのやら。」

嫌味で返すザック。しかしその顔は自分こそ満更でもないという表情が伺えた。ヴィジ ュアル系のクール・ガイがにやりと笑みを浮かべると、思わず背筋に寒気が走るほど不気 味であると再認識したヴァイスだった。

事態の展開があったのはそれからさらに 30 分余りも経過した時のことだった。店の前 が少し騒がしくなったかと思うと、馬車を止める音がし、続いて一組の男女が宿屋の扉を くぐって入ってきた。

「ぉ。おでましか?」

背の高い穏やかそうな優男と、その半分くらいしか身長の無い小娘。二人はぐるりと店 内を見回すと、男の方が面倒くさそうに眼鏡の縁をずらして一歩後ろに退いた。必然的に 小娘の方が前面に出ることになる。

「あなた達、何か用?」

小娘が、遠巻きに眺めていたヴァイスとザックに射抜くような視線を投げかける。思っ ても見ない展開に、二人顔を見合わせて首を傾げる。

「おい、ザック。知り合いか?」

「いや。」

「確か、来るのは腕のたつウィザードだったよな。」

立ちはだかる小娘を四方から眺めてみても、どう見繕ってもただの娘っこにしか見えな い。少なくとも、想像していた姿とは大幅に異なっている。ましてや魔法の“ま”の字も 唱えられなさそうだ。

「確か、ヴァイスとかいう人がここに居ると聞いたのですけれど。」

「人違いだ。」

即答。

「あなたのような下賎な民に用は無いのよ。さっさとヴァイス達を呼びなさい。」

顎で使おうとする小娘。随分な物言いだ。

「あ、リーネっち。おはよー」

「リリア?」

ソファからのそりと起き上がるリリア。その瞳は未だ眠気を存分に蓄えているようだ。 おぼつかない足取りでのろのろと小娘の方へ駆けて行く。どうやら彼女が知り合いの少女 ということに間違いは無いらしい。近づいていってそのままわしっと抱き上げると、ぶん ぶんと振り回した。

「なあリリア。もしかして、そいつが腕のたつ魔術師じゃないよな。」

「うわわわ・・・」

わたわたとリリアの腕の中でもがく小娘。どうやら小動物か何かと勘違いされているら しい。何とかその束縛から逃れようとするものの、少なからず豊満なボンネットに阻まれ てそれも出来ない。

「まさか、こんなちんちくりんがねぇ・・」

そんなこんなでリーネが加わることになった。

第2話「あてのない旅路は始まる」

古津

ヴァイスは考えていた。

なぜあのリリアが魔術師なんて非科学的なもんと知り合いなのか。

昔から呪術だとかの類いを毛嫌いし、ヴァイスがお守りなど持っていようものなら何故か持ち歩いて いる硫酸にドボン。

そんな奴が魔術師の友達…これは如何に。

怪しい。

そこでヴァイスは仮説を立てた。

1.リリアがマインドコントロールされている。

2.リリアが考えを改めた。

3.リリアのパトロン

3番が一番怪しいと思いつつ、ヴァイスは前を歩く2人を見ていた。

その日は結局、野宿となった。

ザックは寝ずの晩に立つらしい。

夕食をとってすぐ仮眠している。

しかし魔術とは便利なものである。

薪を集め、火をおこさずとも暖かく、明るい。

しかし…どうやら魔術を使用するには触媒なる物がいるらしく、何もない所からは何も生み出せない らしい。

リリアがこのリーネとかいうちんちくりんの友達でいるのが嫌でもわかるのが会話の内容である。

ヴァイスを無視して進められる会話はヴァイスの頭では到底理解できない内容だった。

もはや宇宙語である。

どうする訳でもないヴァイスは寝ることにした。

ヴァイスが寝て一刻。

残りの女二人が寝入る頃に起きる影があった。

その影は2つあるテントの前に見える球体の前に座ると剣を肩にかけ、辺りを見渡した。

「異常なし…」

その眼差しの鋭さは帝国軍人上級仕官になりえる実力を持っているザックこそのものだった。

夜の静寂の中聞こえるものは…。

ヴァイスのいびきだった。

「あの男は…いっそ寝首をかいてやろうか…」

クール・ガイでも怒る時は怒るようだ。

ザックが夜通し寝ずの番をした夜は明け、テントからのそのそとリーネが出てきた。

「あら、夜番ご苦労様」

「ああ、こうい…」

ザックが返事をしようと振り返るとすでにリーネはいなかった。

「…………」

ザックは無言で振り向いた顔を元に戻した。

次に起きたのはヴァイスだった。

「お、ザックお疲れさん」

「ヴァイスか…」

「何でそんなに元気ないんだ?」

「なんでもない」

見た目、疲れているようでもないのでヴァイスはほっとく事にした。

最後に起きたのはリリアだった。

「あーうー…眠い…」

目を擦りながら髪を寝癖だらけにして出てきた。

「あ、リリアさん…」

ザックが振り向いたそのとき…。

リリアがこけた。

こけたリリアを起こしに立ったザックよりも早くリーネがリリアを立たせていた。

そしてリーネがリリアの髪の寝癖を直しながら言う。

「あんた、何ぼけっとしてるのよ。はやく朝食の準備をして頂戴」

「な…、なぜ俺が」

「さっさとして」

「……………」

ザックは無言で料理のしたくを始めた。

そんなザックの元にヴァイスがやってきた。

「手伝うか?」

「……頼む」

ザックとヴァイスの料理が始まった。

食後、リーネ曰く、案外まともだったそうな。

朝食も済み、いざ旅立とうとした時、リーネが言った。

「そういえば、どこに向かって歩いてるのかしら?」

「あー、私も知りたいわね」

「ヴァイス、どこに向かって歩いてるんだ?」

3人から詰め寄られるヴァイス。

「………あてもなく」

ヴァイスの答えはどうも他の3人を凍りつかせるくらいの効果があったようだ。

第3話「団体会議」

2004/09/07(火) トラねこ

始めに沈黙を破ったのはリリアだった。

「……そもそも、なんで冒険者になろうと思ったのよ」

始め目的地すら決められていない唐突な旅路…お先真っ暗というものである。

なら、せめてその目的ぐらい知る権利はあるのではないだろうか。

「………なんとなく」

勘弁して欲しい。考えなしにも程がある。

なんとなくで今までの生活を破棄するなんて子供でもやらない。

「…呆れたな。そんな短絡的思考で旅を進めるなんて舐めてるとしか思えん。」

ザックも同じ事を考えていたようだ。

特にリーネは呆れて言葉も出ない…という雰囲気だ。

「本当は一人気侭に旅をする予定だったんだから」

仕方ないだろ?

みたいなジェスチャーを取る。

理由になってない上に、それで一人旅なら命が幾つあっても足りやしない。

「バカは死なないと直らないのかしら?」

旅の護身用に作った劇薬を取り出してみる。

これで生死の境を彷徨ったら危機感というものを覚えてくれるだろう。

…少しは。

「それで直ればいいわね…バカが」

「同感だ」

さらりと酷い事をいう二人。

当たり前のように意見が一致する辺り、団結力はそう悪くないだろう。

なんて考えながら劇薬を注射器に移す。

数歩後退りし、ヴァイスはこう聞いてきた。

「じゃぁ、なんで付いてきたんだよ?」

――――何故、旅に付いていこうと思ったのか?

その理由を頭の中で探ってみても明確な答えなんて出てこない。

暫し考え、その結果辿り着いた答えに私は思わず笑ってしまった。

なぜなら私も――――――

ただ、なんとなく付いていこうと思っただけなのだから――――

――――――。

リリアが注射器を片手ににじり寄ってくる。

――何故こんな状況に?

考えなしに冒険しようとした非は認めるが、こんな冒頭で三途の川へ逝くのもご免だ。

だから状況を変えるための苦し紛れの言葉だった。

「じゃぁ、なんで付いてきたんだよ?」

暫しの沈黙、そして――

「まぁ…なんとなくよ」

「な、なんとなくだ」

「あんたのためだけはないわね」

――なんて曖昧な答えが返ってきた。

散々吊るし上げて置いて、それか?

と、無言の圧力で抗議すると、さすがに意を介したのか、ばつが悪そうに目を泳がせていた。

…一人を除いて。

「…何か偉そうだな?リーネ」

当然よ。と言わんばかりにリーネは口を開いた。

「私の家は魔術に関する家系なのは知っているでしょ?」

そんな事は初耳だが、話がそれるので流した。

「私の家系は代々、魔術・錬金術の成果を書物を残し、子孫が引き継ぐの」

「でも、新しい術の研究をするのであれば今までの魔導書では不足がち。」

「だから、旅で他国のウィザードとの情報のやり取りをする。これが私の目的よ」

「時期を待ってたら、リリアがオプションを連れて旅に出る話が出てね」

さも、私がここにいる事に感謝して頂戴…と、胸を張っている。

…オプションって。なんか酷い扱いされてるなぁ…。

「お、俺も軍人を目指す立場として――――」

「あ、ザックはいいや」

「……………」

ザックが何か言っていたがどうせ建前だろ。

リリアが行くと言い出した途端に付いてきた辺り理由は明白だ。

――舐めてるのはどっちだよ。

と、目線を送って見たらザックがこちらに向けて殺気を放ってた。

ま、無視しとこう。

リリアは…というと、顎に手を当てて考え込んでいる。

「まぁ、情報の収集も悪くないわね。国にない貴重な薬草も在るだろうし…」

「……モルモットがいないと研究が捗らないし(ボソッ」

何か、聞き捨てならない事をポツリと言ってるし。

明日の我が身の守りかたをあれこれ考えていると――

「とりあえず、隣街へ行かないか?」

「隣街の方が栄えてるし、これから増える荷物もあるわけだし」

と、ザックが提案してきた。

「賛成。おまえが言うと不服だけど」

「貴様が言ったら、尚不服だ」

「どっちも不服だわ」

「取り合えず、歩こうよ」

――まぁ、退屈しない長旅になりそうだ。

第4話「砂漠紀行」

2004/9/11(土) 無重力

とある日の昼下がり。丁度眠気を催す時間帯。

「えー、右手に見えますのわー、かの有名なダンの砂漠にございます〜」

「・・・・・・。」

どこぞのバス嬢よろしく、剣を右手に翳してみるヴァイスだったが、皆の反応は冷たか った。それもそのはず、彼ら一向は長いこと同じ風景を見続けているのである。行けども 行けども砂の海。果たして自分が前に進んでいるのかどうかも怪しく感じるようになって きた。

そういえば人間の両脚には僅かに長さのずれがあって、まっすぐ歩いているつもりでも ついにはぐるぐると弧を描き始めるという話を聞いたことがある。

「あー、ヴァイスちゃんヴァイスちゃん。」

ひらひらと手をこまねくリリア。その瞳の奥が怪しげに光っているところをザックは見 逃さなかった。握られているのは緑の液体。さて、あれは何の薬だっただろうか。

「暑くない?」

「暑い暑い。そりゃもう芯から溶けるくらい。」

「じゃ、涼しくしてあげる。」

まあ呑めやと差し出された、いかにもな液体の入った瓶。それを愛しそうに奏でるリリ アが、今だけは天使のように映る。激しく脱水症状に見舞われていたヴァイスは、一も二 も無くそれを飲み干した。一抹の不安は抱えながら。


「ふー、これで五月蝿いのが居なくなった。」

袖の甲で額の汗を拭いながら、リーネは明後日の方向を見上げていた。ただでさえ暑い のに、小うるさい男がごちゃごちゃといらんことを喚いていて頭にきていたところだった。 大体大本の原因はあのヴァイスという男である。『砂漠を通った方が激烈にショートカッ トできるぜい』なんて適当なことを抜かしたのはあいつだった。

何時になったら隣街に着くのかさっぱり見当がつかない。こんな辺境の地を歩いて旅し たことなんて一度も無いのだから。

―だいたいわたしは深窓のお嬢様ってキャラなんだから、そもそもこんなところは似合 わないのよね。―

考えているうちに腹が立ってくる。ふと自分の姿を眺めると、砂と埃まみれのまるで遊 牧民のような格好をしていた。

―あーあ、お気に入りのローブがぁ・・・。これ、もう着れないじゃない。―

お兄ちゃんに買ってもらったバーゲンセールの特価品が、擦り切れてあちこちほつれが 出てきている。暑さで再び汗を拭うと、ざらりという感触と共にローブが砂色に染まった。

「あーもう、暑い暑い暑い暑い。」

ムカつきがてらに、隣で涼しい顔をして歩いている男その2に八つ当たりしてみる。なん だろうこの男は。全身に鎧を着込んでいるくせに、汗一つかいている様子は無い。それど ころか、表情一つ変えずにクールに決め込んでいる。

こやつは正気かと思い、手にしたロッドでぼかりと殴ってみた。

「いつッ!」

「なんだ、エクトプラズム飛ばしてるわけじゃないんだ。」

ザックが後頭部を痛そうにさすってこちらを振り返った。反応が思いの外まともだった ので、さらに疑問が深まる。てっきり暑さの余りどこかの回線が逝ってしまったのかと思 ったのに。

「おいおい、嬢ちゃん。このクール・ガイを棍ボウで殴りさらすとはどういう風の吹き回 しだっ。」

「気にしない気にしない。ちょっと殴りやすそうな後頭部だなと思っただけだから。」

「あのなー」

男はぶつくさ何事かを呟いていたが、リーネの視線は既に別の場所を捕らえていた。男 の腰に下げられた小さな皮袋。その形状変化具合から、中に入っているのが液体だという のは容易に想像がつく。その中身がまだ充分に蓄えられていることは、時折たてるちゃぽ んという小気味良い音からも明白だ。

なるほど、こやつは先ほどからこれを飲んでいたに違いない。

「いいものみーっけ」

シンドバットも驚くような巧みな掏り技を繰り出すと、リーネはすかさずその水入れを 奪い取った。

「こら、やめい。やめんかいっ」

ザックがじたばたと応戦するも、すでに皮袋はこちらの手中。勝敗のほどは明らかであ る。素早く袋の口を緩めて傾けると、口を付けて存分に喉を潤した。

「げー、なによ。これ酸っぱい。」

「あのなー、嬢ちゃん。砂漠の水というのは、滅茶苦茶貴重なんだぞ。そこら辺わかっ てるのか?」

「でもこれ水じゃないし。」

リーネが口にしたのは、ひどく酸味の強い金色の液体だった。飲み始めは驚きこそすれ ど、慣れてくると透き通るような喉越しに体全体が潤いを帯びていくのを感じる。

「あー、そいつは梅酢だよ。ウメズ。」

「うめず?」

「酢の中で長時間梅を付けておいた奴。疲労回復と滋養強壮にもってこいだ。」

はあ。と空返事でうなずくリーネ。梅というものは聞いたことがなかった。でもおいし かったことには間違いない。感謝の意を表しつつ、既に半分くらい消費された水入れを返 した。

「だいたい嬢ちゃん。魔法使いじゃなかったのか?」

「そうだけど。」

自慢じゃないが、炎系魔術に関してはかなりの腕前があると言ってもいいだろう。幻影 操作系の魔法もそれなりに長けているつもりだ。

「だったら水作成<CreateWater>のひとつでも唱えてみやがれ、あんちくしょう」

「あー、無理無理。私それ専門外だから。そもそも前提取得の水探知<WaterSearch>も水浄化<WaterClean>も覚えてないし。」

「はあ、所詮は役立たずのちんちくりんか。」

極めて失礼なことをほざかれた気もするが、出来ないものはしようが無い。だいたいネ コ型ロボットじゃあるまいし、魔法使いが何でも出来るというのは偏見もいいところだ。 人はそれを初心者とか無能と言うが、そんなことは知ったこっちゃない。

「そもそも、この美少女魔術師を捕まえといて役立たずとは何よ。即取り消しなさい。」

「あー、美少女〜?美幼女の間違いじゃないのか。」

決して豊かではないリーネのボンネットを顎で指してやる。お世辞にも少女とも言いが たいサイズというほか表現のしようが無い。

「んー、それとも美が少ない女魔術師の方か?」

「あーそーいえば、水気系魔法なら水破壊<WaterResolution>とか、脱水<DeHydration>なら使えるけど? 」

思い出したように、リーネは視線に弧を描きながら付け加えた。水破壊とは文字通り水 を分解して気体に変えてしまう魔法。脱水とは水破壊を生物の体内にも有効にしたものだ。

「おいおい。探知・浄化・作成が無くて、何で破壊が出来るんだよ。たしか3つとも前提習得条件魔法だっただろうが。」

なんでザックがこんなに魔法に詳しいのかは知らないが、実はその通りなのだ。水系魔 術の基本といわれる3つの魔法は、殆どが上位水魔法の前提条件となっている。学校では絶 対に教えてくれない極めて危険な習得の仕方だった。

「あはは、いーじゃないの。なんなら今すぐ脱水<DeHydration>してあげましょうか?」

「じょーだんでも止めろ。そんなことしたら我が愛剣の錆にしてやるからな。」

何が楽しいのか知らないが、ご丁寧にきゅぴぃんと効果音を立てて古臭い剣を構えてみ せるザック。本人に言わせればかなりキマっているらしいが、傍から見れば滑稽な事この 上ない。

「へーへー。その前にカランカランになって錆どころじゃないと思うけどねー。」

遙か彼方に砂漠の街が見えていた。あれが本当に“隣町”なのかどうかは誰の目に見て も明らかだった。。

第5話「砂漠の町 ダカール」

 
古津

彼方に見えていた町が間近になった。

ダカールに着いた一行は早速、宿屋の確保…には行かなかった。

チームワークがない事を如実に表し、なんとなくパーティーの姿を現した。

ヴァイスはいつの間に気が付いたのか、他のメンバーが気付いた頃にはすでに縄を解いてどこかへ行っ たいた。

リリアは門の傍で開いていた露店に並ぶ、毒々しい液体を見始めた。

ザックもまた、町に着くとすぐに武器屋を覗く為に移動を開始した。

リーネにしても同じである。

ダカールはこの砂漠では唯一の貿易中継都市なので、魔術の触媒になる物が普段住んでいる所より安く 手に入れることができる。

それぞれの思いを胸に一行のメンバーは散った。

4人がそれぞれ何をしていたかは想像に難くない。

夜を迎えるとダカール唯一の宿に一同集まることになった。

誰かが宿を取っていると全員が思って。

「誰も宿を取ってないってどういうことだ」

ザックが静かに言う。

「私はしらないわよ。あなたが取りに行ったんじゃないの?」

リーネがザックに言う。

この2人の相性はどうも悪いようだ。

傍目に見ているヴァイスとリリアがため息をついている。

「いいじゃない。今から取れば」

「そうだな、ちょっと行ってくるわ」

このままだと騒動になりかねないのを懸念したリリアが言う。

それに相槌を打ち、宿のマスターに話しに行くヴァイス。

ヴァイスが行った後にザックが立ち上がる。

「どうしたの?」

何事かとリリアが尋ねる。

「この時間ではもう4人分の部屋は空いていないだろう。俺は別に夜を明かせるところがないか探して くる」

言うなりザックは宿を出て行った。

その後姿を何も言う事ができずに二人は見送った。

それから少ししてヴァイスが戻ってきた。

「もう2人部屋が1つしか空いてないみたいだぞ。一応、取ってはきたけどな」

ヴァイスはザックの姿がないことに気付き、宿内をキョロキョロ見渡している。

いくら見渡しても姿が見えないのでリリア達に尋ねた。

「ザックは?」

「さっき、別に夜を明かせるところがないか探しに行ったわ」

ヴァイスの問いに素っ気無くリーネが返す。

さらに続ける。

「じゃあ、リリア。部屋に行きましょう」

リリアが答えるのを待たずに、リーネは荷物を持ちマスターにさっきヴァイスが取った部屋の鍵を貰い に行った。

ヴァイスはあっけに取られたまま、見送った。

宿を出たザックはさっき立ち寄った武器屋の親父の元を訪れていた。

「おう、兄さん。どうしたんだい?もう店じまいだぜ?」

気さくな武器屋の親父がザックに話す。

そんな親父にザックが尋ねた。

「親父、この町には宿屋はあれしかないのか?」

ザックの問いに親父が笑い出した。

そして、ひとしきり笑った後に言った。

「なんだ兄さん、宿取り損なったのか。いいぜ、今夜だけなら家に泊めてやるよ」

親父の一言に感謝をしつつ、ザックはヴァイス達のことを切り出す事にした。

「いや、しかし連れがいるんだが…」

「そんなの心配しなさんな。ぼろいが広い家だ。4人位までならなんとかなるさ」

そう言って、親父は再び笑い始めた。

ヴァイスは宿でザックの帰りを待っていた。

リリアとリーネはすでに宿の部屋に移っていた。

「ふぁぁぁぁ。ザックの野郎、まだ帰ってこねぇのか…」

大欠伸をしながら宿のテーブルに突っ伏せていた。

そうこうしている内に時間が経ち、ザックが帰ってきた。

「ん?ヴァイス、お前だけか?」

「ああ、一応2人部屋を一つ取れたからよ。リリアとリーネはそっちに行ったぜ」

「そうか。俺達の寝床も確保した。案内する。付いて来い」

言うとザックは宿の入り口に向かった。

「おい、待てよ」

ヴァイスは慌てて荷物を担ぎ、ザックの後を追った。

明くる朝。

事件は起きた。

ダカールの町を守っていた帝国軍の守備兵が町の周りを巡回中に襲われた事が伝わった。

辛うじて危機を逃れ、何とか駐屯基地まで戻ってきた兵の話によると襲ってきたのは砂漠に生息する大 人しい生物"サンドウォーム"だったらしい。

最近では大人しい生物の凶暴化の話は聞かない訳ではないがサンドウォームが人を襲ったという話は初 めてだった。